「性」は本来、誰にとっても身近で、大切なもの。
にもかかわらず、社会の中では依然として「語りづらい」「表に出せない」ものとして扱われがちです。
私たちは、性を「隠すもの」ではなく、「理解し、選び、楽しむもの」として再定義し、
性活動が一人ひとりにとって健やかで前向きな文化となることを目指します。
性には、正解も平均もありません。
一人ひとりが抱く「したいこと」や「したくないこと」、「気持ちよさ」や「安心できる形」はそれぞれ異なります。
だからこそ、他人と比べたり、無理に合わせたりする必要はありません。
私たちは、性にまつわる思い込みや押しつけを手放し、誰もが「自分にとっての心地よさ」を素直に認められる社会を目指します。
性に関する情報や学びの機会は、以前よりずっと増えました。
しかし、そうした情報の多くは「性行為ができること」を前提にしています。
すでにできる人は、知識と経験を重ねて、より自分らしい性のあり方を育てていきます。
一方で、まだできない人は、知識ばかりが増えていき、実際には何も変えられず、欲求だけが積み重なっていくことが多いのです。
※できない人というのは、年齢・性格・コンプレックス・環境(家庭・世間体)・過去の経験などの思い込みが関係していることが多い。
このように、できる人はどんどん成長し、できない人は取り残されていく。
これが、性の享受格差です。
この格差は、お金の格差にも似ています。
できる人は体験や学びを重ねて「さらに豊かに」なっていく一方で、できない人は情報だけが溜まり、行動には移せず、心の負担が積み上がっていきます。
本来は誰にでも開かれているはずの“性を楽しむ権利”が、目に見えない壁によって分断されているのです。
その差が広がることで、焦りや孤独感、不健全な執着や行動にもつながりかねません。
私たちはこの問題に正面から向き合い、できない人が、焦らず、無理せず、自分自身の性と向き合えるように、まずはその人に合った性の学びや準備のあり方を整えることを大切にしています。
性は、命をつなぐ役割だけでなく、癒しや自己肯定感、他者とのつながりをもたらす存在としても、大切にされるようになってきました。
2026年以降、「性」に対する見方が少しでも柔らかく、温かくなるよう、私たちは、性について安心して語り合える場を広げ、その背景にある不安や希望を理解し合える社会を目指します。